インドの食い倒れ(3)
インドの初夜その2
「ヘイ!マ???シノハーラ」
僕ら三人が待合室に上がる階段を登り始めた途端、あんまり目つきの良くないおっさんが声をかけてきた。もっともインド人の男性ってってみんなみんな目つきが悪いか、いやらしそうに見えるのは僕だけだろうか。インド人に知り合いはいないけれどもその目つきの悪いおっさんが口にしているのは名前のほうはともかく苗字はどうやら僕のものらしい。そうだと答えると二人のインド人は僕らのいくてを遮るように並んで立ちはだかった。それから背の低い年配のほうのおっさんが口ひげの下に奇妙な奇妙な愛想笑いを浮かべながら話しかけてくる。
「われわれはDゲストハウスからシノハーラさんを迎えにやってきました。さあ一緒にタクシーに乗って行きましょう」
「あなたはホテルの人か?」
「そうです」
おかしいよ。たった今ホテルのおやじはタクシー拾って勝手に来いって電話で言ったばかりなのに。それにしてもこのおっさんはどうして僕の名前を知っているのか。それよりもこの広い空港で東洋人の旅行者の中からよくも僕を探し当てたものだ。まるで僕の顔写真でも出回っているかのように。
あやしい。このおっさんの表情があやしい。目があやしい。声だって十分あやしい。髭がひどくあやしい。自分が噂のデリー空港の詐欺師ですって顔してるよ。
「僕は今晩友達と一緒に待合室に泊まることにしたよ。Dゲストハウスには明日の朝行くよ。ありがとう」そう言って彼らのディフェンスをすり抜け、有料待合室に飛び込んだ。
これで安心。あいつら疑う余地もないぐらいそのままあやしかったよね。なんてDさんとYさんと話をしながらベンチで仮眠の用意していたら、ギョギョギョ!僕のベンチの前に先ほどのおっさんが立っているではないか。おっさんはまるで旧知のお友達のような笑顔を髭の下の分厚い唇に貼り付けて話しかけてきた。
「やあシノハーラさん。インドは何回目だい」
「明日は何時にDゲストハウスに向かうのかい」
「僕がタクシーで送ってあげるから。お友達も一緒にOKだよ」
「ノープロブレム。大丈夫、大丈夫。僕は朝までずっとここで待ってるからね」
このおっさん、待合室の入室料20ルピーの大枚をはたいて勝負に出てきたな。ここは作戦変更だ。僕はDさんとYさんにそっと目配せした。
「明日はこの二人と一緒にパキスタン行くことにたった今決めたよ。だからホテルはもういらない」おっさんはしばし考えた。それからメモ用紙とペンを貸してくれという。そのメモ帳にになにやら深刻な顔をして書き込みをしていた。そのメモ帳には計算式と数字が書かれていた。どうやらホテルの予約を取り消すのなら30%のキャンセル料を払えという訳だ。なるほど今度はその手できたか。日本ではありそうな話だがインドの中級ホテル以下ではそんなことはありえない。第一このおっさんがホテルの従業員かどうかも疑わしいわけだから。それなら最後の手段だ。この時から三人の日本人は全く英語がわからなくなったのだ。適当さには適当な嘘で対応するに限る。
押し問答の末、このおっさんは突然全く英語が通じなくなった日本人の説得を諦めて。やっと開放してくれたのだ。その間なんと4時間半。膨大な時間を持つインド人ならでわだなと妙な感心をする。もうすぐ夜が明けます。ごくろうさまでした。
(まだまだつづく)