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インドカレー屋 BONGAマスターのインド旅行記
by bonga-curry
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いらっしゃいませ。
熊本のカレー&スパイス料理梵我マスターのブログです。

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カレー&スパイス料理 梵我
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11月のスパイス教室開催
スパイス教室開催!
あなたのオリジナルスパイスを作ってみませんか

●11月26(日)pm0:30~pm3:00
●梵我にて   TEL(096)326-275
E-mail:bonga2005@wine.ocn.ne.jp
● 講習料 税込価格3,000円(テキスト・スパイス・レシピ)
● お申し込み10名様まで
● 講習内容
   ①スパイスの基本
   ②チャイマサラの作り方 
   ③ガラムマサラの作り方
   ④オリジナルカレーパウダーの作り方


当店ではスパイスの基本からあなたのオリジナルカレーパウダーの作り方ま でを、実際スパイスに触れながら
またスパイスの薬効やエピソード、スパイス料理のメニュー、レシピなども おりまぜ、スパイスを身近な香辛料としてご家庭でご利用になれますよう 初めての方にも判りやすく説明いたします。
これであなたもスパイスの達人です。
なお作ったマサラ(混合スパイス)や教材に使ったスパイスはお持ち帰りできます。またランチを御希望の方は12:00までに来て頂けましたら特別価格500円でご用意できますので、あらかじめお申し込みください。

●受付  
①この用紙に講習料金をそえて直接申し込む。
②電話にて申し込む。だだし講習料金の振込み確認後受付
③メール、又はネットでの申し込み。講習料金の振り込み確認後受付
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お申し込み書
●お名前


●お住まい


●ご連絡先(携帯またはメルアド)


●お申し込み日


●ランチ(○で囲む) 有 無
# by bonga-curry | 2006-11-09 20:42 | お知らせ
インドの食い倒れ(9)
インドの食い倒れ(9)

5つ星ホテルで入店拒否された

 インドの首都デリーの中心街コンノートプレイスでの2日目はホテル近くのマーケットの露店でのコーヒーと揚げたパイで始まった。ここは場所柄サラリーマンや労働者が多く、日本でいえば駅前の立ち食いそばの店やハンバーガーショップといった飲食店が軒を連ねている。コーヒーはレギュラーコーヒーとインスタントのNカフェがあるが、どういうわけだか価格は同じくらいかNカフェが高いくらいである。物価の安いインドならでわの現象だ。
 オートリキシャで国立博物館へ、写真撮影はOKなのだが、写真を撮らなくてもカメラを持っているだけで入場料の他に100ルピー取られるので注意が必要だ。館内はかなり広く展示物も多く、特に宗教絵画と神々の石彫は充実している。また歴代王朝の王や王妃の宝飾類の展示場はぜひ見ておくと良い。とんでもない価格の付いた宝石などが思っているよりも無造作な警戒の中で展示されている。
 館内をうろうろしているうちに昼食の時間はとっくに過ぎてしまっていた。コンノートプレイスの中心街に戻り、Kレストランで遅いランチを。チキンカバブパクュとベジタリアンサモサにビールを注文する。チキンカバブパクュはアーモンド入り鶏肉ハンバーグといったもので、使ってあるスパイスに個性と元気がなく平凡な味覚だ。ベジタリアンサモサはこんな高級レストランには珍しいメニューだ。どちらかといえば屋台で良く見かける料理の一つであるから。ただ屋台での価格は4ルピーなのにここではなんと25ルピー(約70円)で馬鹿高い。しかも味だって大きさだって屋台のほうが圧倒的に素晴らしいのだ。このあたりのレストランは外国人観光客に合わせた価格と味になっているのだろうか?
 例のごとく夕食の腹ごなしのため付近にある物産館や御土産店、骨董屋を懸命に歩き回る。何といっても今夜は最高に奮発してデリーで最も高級なホテルIの中にあるレストランSでディナーをいただくつもりだ。レストランSはケーララ料理(インド南部ケーララ州の人気料理)が有名で、どんな食事が出るのか今から心の奥底から涎が溢れてくる。
 ホテルIはデリーの中心地にあるのだが、広大な森に囲まれてそこだけが別世界の感がある。ホテルの玄関につづく森の径を歩いていると守衛に突然呼び止められた。レストランSに行くと告げると守衛が僕の前に立ちはだかった。
 「NO!ここは5つ星のホテルだから・・・」と胸を張っておっしゃる。
 「いやホテルの中のレストランに食事に行くだけだから」と言っても「僕は日本人の旅行者です」と言っても彼は通せんぼしたまま「ここは5つ星ホテルである」を連呼するだけでいつまでたっても埒があかない。彼の頑なな態度に僕は今夜の素敵な夕食を断念せざるを得なかった。結局は入店拒否されたわけだ。今来た径を引き返しながら改めて自分の身なりを振り返ってみる。ブラウンのキャップからはしばらく櫛の入ってないかなり伸び放題の髪、1週間ほど剃ってないまばらな無精ひげ。埃よけのバンダナの下は今夜の素敵なディナーのためのあまり汚れていないブルーのセーター、ちょっと汚れたジーンズとデリーの町の靴磨きたちが必ず声をかけるかなりくたびれたスニーカー。肩からは僧侶がやっているような茶色の布製のバッグ。これって入店拒否の理由?
 どうせ外国人観光客に合わせたほどほどの料理に違いないとかおおよその味当(?)はつくけれどなどなどケーララ料理を味わうことができなかった悔しさをごまかしながら、街角にあったBARにとびこむ。会社帰りのネクタイを締めたサラリーマンや携帯電話を持った裕福そうな中年の男性たちでごった返している店内でビールとチキンティッカを食べて早めにホテルへ帰る。ちなみにチキンティッカとはヨーグルトとスパイスに漬け込んだ鶏肉をタンドリーで焼いたものだ。このBARのチキンティッカも悪くはないのだが、個性に乏しい優等生といった感じで、日本のファーストフードを思い出した。



# by bonga-curry | 2006-04-20 21:52
インドの食い倒れ(8)
インドの食い倒れ(8)

レストランバーで水パイプを吸う

 パハルガンジーのホテルVをチェックアウトし、腹を空かせて路地裏をうろうろ歩いていた時であった。何ともいえない好い匂いに誘われてたどり着いたのがちょうどサモサが揚がった店先であった。この三角錐の揚げ餃子のような食べ物の中身はジャガイモとグリーンピースで、結構な大きさがあり一個でもお腹を十分満たすことができる。でもジャガイモといってもただのイモじゃない。スパイスでキリリと引き締められ、ターメリックの黄金を纏ったイモはもはや庶民の味ではなく、まさにイモの王様といった味覚と風格で僕の舌の上で自己主張をするのだ。このほくほくサモサをチャイでうやうやしく流し込み9ルピー(23円)とは食の神様に怒られそうだ。
 オートリキシャでコンノートプレイスのホテルBにチェックインする。ビルの屋上がホテルになっているのだが、古いうえに狭く、汚い。ドアだってちゃんと閉まらない。そのくせ料金は昨日までのホテルVの約2倍だ。いくら立地が良いといってもこれあんまりだよ。ただホテルの従業員たちの愛想がすこぶるいいのが唯一の救いだ。とにかくこの狭く汚い部屋から早く出て付近を散策することにした。
 環状に造られたこの町を囲むように走る一番外側の道路は車の騒音と排気ガスで溢れかえっている。こんなに混雑する道路なのになぜか信号はほとんどなく、人々は車と車との間を縫うようにして向こう側へと渡っていく。バスはバス停付近に来ると少しスピードを落とすくらいで、乗客は走り続けるバスから飛び降りたり、飛び乗ったり。女性や外国人には危なくてとても真似はできない。
 環状道路を渡り、南へ歩く。ジャンタルマンタルという280年ほど前に造られたという天文台あたりをうろつきながら、ランチを食べる時間と腹具合を調節する。
 ランチはガイドブックに紹介されていたベジタリアンレストランVで食べることに決めていた。広い店内はまだお昼にはちょっと早いのか僕一人。Vスペシャルランチ(125ルピー・320円)を注文する。スパイスの入ったペースト状のほうれん草でカッテージチーズを煮込んだパラックパニール、トマトのスープ、ナッツと野菜を米と一緒に炊き上げたビリヤーニ、それにナン(インドのパン)が付いている。味はおとなしめでおいしいのだけども何か物足りない。使われているスパイスと素材がお互いに遠慮しあっているようだ。どこかの国のどこの店で食べても基本的な味付けに変化のない居酒屋メニューを思い出している自分に気が付いた。野球で凡フライの球をお見合いで を落としてしまった時のような気持ちでVレストランを後にする。
 それではと夕食までの時間つぶしと腹ごなしにひたすら街を歩き回る。コンノートプレイスは金融機関や海外ブランドを扱う店、宝飾店、みやげ物店、高級レストランなどが軒を連ね、海外からの旅行者や明らかに金持ちと分かるインド人たちがショッピングを楽しんでいる。そしてそれらの高級ショップの入口には必ずライフルを手にしたガードマンが立っているのだ。
 インドの民族音楽のCDを探しにミュージックショップに入る。店内にはMDやDVD搭載のコンポやモニターが並べられ、来店客で結構賑わっている。その店の奥にCDやDVDのソフトコーナーがあった。僕がインドの伝統音楽を探していることを告げると店員はさっそく4枚ほどのCDを持ってきてくれた。どんな曲か訊ねると、聴いてみればと勧めてくれた。お願いするとその店員は持ってきたCDの包装を全部破いて、どうぞと渡してくれた。すっかり恐縮している僕に一言「ノープロブレム」一枚だけ買わして貰った。残りのCDは包装のないまま何でもないように棚に並べられた。今度僕が買いたいCDの包装が開いてるのを指摘しても、彼らはきっと同じように「ノープロブレム」で済ますのだろうな。インドの人って良くも悪くもおおらかなんだなって一人納得してしまった。
 すぐ近くのインドにしてはおしゃれなレストランバーSで少し早めの夕食をとる。暮れていくデリーの街並みを窓越しに眺めながらラムシチューをつまみにビールとワインをやる。メニューにはラムシチューと書いてあったが、出てきたものはアラブ料理でお馴染みのクスクスだった。上品な味付けはしてあったがやはりインパクトに乏しい。インド料理の強力なスパイスの香りと複雑な味付けはこの町中では去勢されてしまったのか。ふとカウンターの方に目を向けると高さ1メートルほどの透明な紡錘形のガラスの器が置かれていた。水パイプだ!僕の好奇心がムクッと頭をもたげる。早速吸ってみる事にした。煙草は何種類かのフレバーがあり、選ぶことができる。ミントの煙草を選ぶ。紡錘形の上部に付いた受け皿に煙草と火のついた炭が乗っていて、長いホースの先の吸い口を吸うのだ。吸い込まれた煙草の煙はガラスの器に張られた水の中を通り抜けて上部の空洞に集まりホースを通って僕の口に流れ込んでくる。水の中を通ってくる煙はヒンヤリとしてミントの軽い香りが洗練されたくつろぎを紡ぎだしていく。在りし日のマハラジャたちの豊かなひと時を垣間見たようだ。
 このおしゃれな一服に僕はすっかり魅了されてしまい、後日水パイプを探すことに結構な時間を割くことになり、おみやげに2本も買い求めてしまうことになる。本日は予算オーバーの1545ルピー(3900円)も散財してしまった。街中はやっぱ物価が高いなーと反省しつつ、それでも水パイプに出会えたことで本日は良しとして自分を許してしまっている甘いもう一人の自分に反省でした。
(間が開いてしまいましたが見捨てずに御愛読ください)
# by bonga-curry | 2006-03-24 22:26
インドの食い倒れ(7)
インドの食い倒れ(7)

スパイス屋のマサラティ

 パハルガンジーのメインバザールはニューデリー駅から西に延びた通りだ。中央の大通りの両側には衣類などの生活用品やお土産屋の店が連なり、その間に食堂やカフェ、ホテルが密集している。その大通りから迷路のように左右に入り込んだ小路にも食堂やホテル、旅行代理店、両替商のほかなにを売っているのかわからない怪しげな店もあり、ここも人々が道いっぱいにひしめいているのだ。
 このメインバザールの南側にある通りは食料品の市場になっている。路上いっぱいに広げられた野菜や果物、店頭にぶら下げられたまだ血が滴っている鶏肉や塊のままの羊肉、日本では見かけたこともないあまり新鮮とは見えない淡水魚が並べられた魚屋、大きな麻袋のまま店先で売られる幾種類の豆や粉。店の奥や露店からの威勢のよい呼び込みの声が通りすがりの人々の足を止めさせる。僕はこの通りがことのほか好きで、メインバザールの奥にあるホテルへの行き帰りはもっぱらこの通りを利用した。
 インドの野菜は非常に豊富で種類も多い。ナス、トマト、イモ類、キュウリ、生姜、にんにく、玉葱、ウコン、とうもろこし、ししとう、唐辛子類、青菜類などなど日本でお馴染みの野菜が勢ぞろいしている。日本のスーパーなどでは当たり前に思える品揃えだが、ハウス栽培などない冬のインドでは驚くべきことなのだ。しかもそれらの野菜は大きさや形、色、種類がそれぞれ違っていて、日本で単一規格の野菜に見慣れている僕には新鮮な驚きであった。この野菜の種類それぞれに合った調理法があり、それに合わせたマサラ(混合スパイス)があるそうで、インド料理のレシピの数の多さとスパイスの奥の深さに感心してしまう。
 ここの通りの僕の楽しみの一つにスパイス屋がある。居を構えている店も屋台もここでは大きなざるのような器にさまざまな種類のスパイスを盛って販売している。それを猪口一杯位の量で客に量り売りしている。僕はこの道を何度か通るうちに一軒のスパイス屋のおやじと仲良くなった。
 最初は旅行者などめったに足を踏み入れることのないこの通りで不審な東洋人のおっさんがうろうろするのを好奇のまなざしで見ていた。この東洋人どうやらスパイスに興味がありそうだし、客になりそうだとわかると片言の英語でなんだかんだ話しかけてきた。
 「どこから来たんだ?」
 「どこに泊まっているんだ?」
 「インドにはいつまでいるんだ?」
 「これからどこへ行くのか?」
 「インドに何しに来たんだ?」
 ありきたりの質問が一応済むと、椅子を勧められた。それからおやじは店の奥になにやら大声で叫んでいた。しばらくするとスパイス屋の女房とおぼしき女が茶渋で黒ずんだマグカップになみなみとチャイをついで差し出した。
 「俺の家のチャイだよ。飲んでみてくれ」
 マグカップの汚さにちょっとたじろぎながらも一口啜ってみる。驚いた!その一口の液体が素晴らしい香りを放ちながら僕の口内で、甘くそして高貴な舌触りをしっかり残しながら広がっていく。僕の大脳を何か不思議な爽やかさがスーッと通り抜けていった。
 「どうだ、これは俺が作ったチャイマサラだ」
 おやじは僕の表情を見て取ると、感想を聞くまでもなくそう言って胸をそらし自分の手にしたカップに口を付けた。その金属製のカップは僕の手にしてるマグカップよりもさらに使い込まれ、汚れ、変形していてようやくカップの形をとどめているといった代物だった。とすると僕の手にしているマグカップは来客用なのかな。
 僕はこのマサラティを御馳走になるためにこのスパイス屋をこの後何度も訪れることになる。
 夕食はおなじみのMレストランで。とりあえずパパド(スパイス入りインド煎餅)をつまみにビールを飲む。その後アローゴビとクリーム・オブ・トマトを注文する。どちらもベジタリアン料理で、前者はカリフラワーとポテトのスパイス炒めといったところ。後者はそのままトマトのクリームスープだ。このスープはトマトをそのまま形を崩さず煮込んだものだ。スパイスが素材そのものの味と香りをうまく引き出した逸品だ。赤く熟したトマトがクリームスープのスープ皿の中に横たわりながら僕の手にしたスプーンにウインクしながら手招きしている。
 ちなみにお値段だが、アローゴビが90ルピー(225円)、クリーム・オブ・トマトが50ルピー(125円)でした。食後にインドのラム酒、オールドムンクを飲みながら今夜も幸せなフィニシュでした。
(次回は レストランバーで水パイプを)
# by bonga-curry | 2006-02-07 21:11
インドの食い倒れ(6)
インドの食い倒れ(6)

最高にうまいバターチキンを食べた

 インドという国は現在人口が約10億3千万人を抱えている。そして近い将来中国を抜いて人口で世界一位になるだろうといわれている。
 インドの都市の中でも三番目に人口の多いここデリーは人、人、人で溢れかえっている。人口50万人のわが町熊本に比べたらその25倍強、つまり1280万人のインド人(当たり前のことだが)が住んでいることになる。
 僕が滞在しているこのパハルガンジー地区にあるメインバザールという幅5,6メーターほどの通りもまるで毎日がお祭りのようなにぎやかさである。通りの両側のお店や屋台の出店、チャイ売りやピーナッツ売りなどの間を人はもちろんオートリキシャ、タクシー、トラック、乗用車、バイク、サイクルリキシャ(自転車の後ろに人を乗せる座席が付いた人力車みたいなもの)が強引に通り抜けていく。どこかの国のように車両進入禁止や片側通行、歩行者天国など存在せず、通れる道路は時間がかかろうとも通り抜けるという姿勢も時間を多く所有しているインド人ならでわなのかな。しかものそのごった返しているわずかな隙間に神様のお使いである放し飼いのお牛様(ノラ牛とも思えるのだが)や負けじとノラ犬や山羊などがゆくりと徘徊しているのだ。
 このとんでもない混雑のなかで突然Uターンしようと大それた試みを果敢にやろうとするトラック、オートリキシャやサイクルリキシャの運転手たちの大声と絶え間なく鳴らし続けるクラクション。外国の旅行者とみればしつこく付きまとってくる客引きや物売り。赤ん坊を抱いて物乞いをする若い母親や道路を這いまわりながら哀れみを訴えて手を差し出す足の不自由な男。牛が屋台の品物におしっこをかけているのをなすすべもなく肩をすくめるだけで眺めている店主。売り物の野菜を山羊に食われ棒を振り上げる少年。バイクに足を轢かれた犬が甲高い悲鳴をあげながら逃げまどう。呼び込みをする食堂の男の子の横では牛糞で滑って転んで汚物だらけで泣いているアジア人の旅行者の少女が。
 こんな出来事がこの通りで同時に起きていても、それはこの町に住む彼らにとってはなんでもない日常の一コマにすぎないのだ。
 僕はこの通りの喧騒を抜け、ニューデリー駅前でオートリキシャを拾い、東の方向にあるオールードデリーと呼ばれる地区のチャンドニーチョーク商店街へ向かう。メインバザールの喧騒を抜けたつもりが、さらにひどい混雑の中に向かっていると気が付くのにさほど時間はかからなかった。片側4車線の道路にバスやトラック、乗用車が大渋滞。その間をバイクやオートリキシャが縫うように走り回り、それらのさらにわずかな隙間を道路を横断する人々がすり抜けていく。むろんほとんど信号機なんて見かけないし、横断歩道なんて見当たらない。渋滞はさらにひどくなり小回りのきくオートリキシャやバイクですら動けなくなってしまった。
 オートリキシャを降りて商店街を歩く。目指すはガイドブックに書いてあったジャーママスジット寺院南門付近のレストランK。人ごみをまさに掻き分け泳ぐようにしてようやく目的の店に。
 レストランというよりこれは場末の食堂って感じ。しかし昼食の時間帯はとっくに過ぎているというのに結構人が入っている。しかも明らかにインド人が多い。合席にしてもらいバターチキンとチキンカレーを注文する。全メニューにハーフサイズがあるのが助かる。ただしビールがおいてないのが非常に残念だ。
 「すごい!これはスパイシーだ」思わず日本語でつぶやいた。ワイルドなスパイスの香りが僕の鼻孔を押し広げながら侵入してくる。思わずむせ返るがそれでいて妙にいとおしい香りだ。チキンカレーを一口。絶妙にブレンドされたスパイスたちが骨ごとぶつ切りにされたチキンの味を押し上げるように舌先で踊りだす。
 嗚呼!至福・・・・・・・・・・・・・
 バターチキンに手を伸ばす。しっかりとヨーグルトとスパイスに漬け込まれた鶏肉をさらにスパイスとトマト、バター、生クリームで煮込んだこの手の込んだ料理はその舌触りの良さとスパイスの刺激で僕の口の中に一つの宇宙を練り上げていく。そのあまりの心地よさに僕の顔の筋肉が弛緩していくのがわかる。
 嗚呼!嗚呼!至福・・・・・・・・・・・・・・
 追伸。この絶妙の二品にナンとミネラルウォーターをつけて180ルピー(450円)とは嬉しさをとっくに通り越してア然となってしまった。
(次回は スパイス屋のマサラティがうまい! です)
# by bonga-curry | 2006-01-29 21:29
インドの食い倒れ(5)
インドの食い倒れ(5)
 
デリーの耳掻きおじさん

 ニューデリー駅でDさんたちと別れた。彼らはパキスタンの国境まで列車で行くそうだ。僕は駅前のパハルガンジーというあまり治安も衛生面も良くない(とガイドブックに書いてあった)地区で宿を探すことにした。
 やはりそのガイドブックに書いてあった静かで、快適な設備の整った近代的中級ホテル、450ルピー(約千円)といううたい文句のせられて探し当てたホテルVが僕のインドでの最初の宿となる。ガイドブックをそのまま信じたわけではないが、この近代的ホテルには窓がなく、お湯の出ないシャワーが付いており、壊れかけて写りの悪い年代もののテレビと3~4人は楽に寝れる馬鹿みたいに大きいベッドがあるだけのこの部屋を、どんな見方をすればこのような文章が平気で書けるのか不思議でしょうがない。ま、とりあえずチェックインすることにした。インドのホテルの多くはいつでもチェックインすることができて、その24時間後がチェックアウトの時間になり便利がいい。僕は昨夜の睡眠不足を補うべくすぐその馬鹿でっかいベッドに横になった。
 2、3時間くらい眠っただろうか。空腹感とワクワクした高揚感にゆすられて目が覚めた。ホテルのすぐ近くのカフェでカッテージチーズを揚げたものとホットチョコレートをおなかに入れ、オートリキシャ(三輪の簡易タクシーといったしろもの)を拾ってコンノート・プレースにある本屋さんへ。この地区はデリーの中心で、ビルが立ち並ぶビジネス街や外資系のおしゃれな店舗、銀行、高級レストラン、映画館、ホテルなどが集まった環状の街路に囲まれた市街地だ。
 インド料理の本数冊を買い求め、公園で一休みしていた時だった。まさに見るからに怪しげなおっさんが話しかけてきた。客引きか詐欺師のどちらかだろうと思っていたら自分は耳の掃除屋だという。ちょっと好奇心が首をもたげかけたが、耳はきれいだからいらないと言う。そのおっさんは自分の鼻先に立てた人差し指を左右に振りながら チッ!チッ!チッ!使い古した手帳を開いて僕の目の前に差し出し、読めという。
 「このおっさんは怪しそうだけど実はインドの耳掻き名人です」「このおじさんの耳垢取りの技は驚きの一言である」「出てくる出てくる、恥ずかしいくらいに耳クソが取れる」などなど日本人の若い旅行者のものと思われる独特の丸っこい字が並んでいる。
 「わたし耳クソ取りの名人だよ。今日あなたはラッキーだね。特別にただで取ってあげるよ」おっさんは胸をそらせてそうおっしゃる。まあただでと言うのであれば取って貰おうと、ただほど高いものはないという日頃の戒めをすっかり忘れて、僕はうっかり耳を差し出してしまった。この名人は耳掻き七つ道具を鞄の中からおもむろに取り出し、僕の右の耳の中をごちゃごちゃやっていたが、「ハイどうですか」得意げに差し出した彼の手のひらには小指の爪ほどのの大きさの耳クソが4、5個も乗っているではないか。ゲゲ!嘘だろう。これなんかのトリックじゃないの。なんて少し動揺している僕の目をじっと見つめて名人は言い切った。「あなたの耳の中は非常にきたない」さらにたじろぐ僕に名人はおっしゃった。
 「ここでは完全にきれいにすることはできない。ちょっとわたしの家に来てください」
 気の弱い旅行者だったらその名人の迫力と驚くほど出て来た耳クソのショックで仕方なくついて行くところだろう。だけど僕だっておっさんと同じくらいおっさんなんだ。負けちゃいられない。家にも行かないし、もう片方の耳の掃除もしなくていいとキッパリ断った。するとこの名人は片耳分のお礼が欲しいと言い出した。お礼ぐらいいいかと思い、いくらだと訊ねる。800ルピー(2000円)だと言う。ババ馬鹿を言うな。800ルピーといったら僕の一週間分の食事代だぞ。チャイなら160杯飲めるんだぞ。僕は貧乏だからそんな金額払えないと言ってもこの名人は粘る粘る。昨晩のタクシードライバーのしつこさが甦ってくる。なんといってもインド人は生まれつき僕ら日本人よりもはるかに多くの時間を持ち合わせているのだから。交渉ごとは長引けば自分に不利だ。ここは短期決戦。名人のポケットに涙を飲んで100ルピー(250円)札一枚を突っ込み、おっさんがそれに気を取られているうちにその場を走って離れた。こうして僕はまんまとインドでの詐欺に引っかかってしまったのだ。コンノートプレースの耳掻き名人にはくれぐれも気をつけよう。
 インドに着いて最初の記念すべき夕食はホテルのあるパハルガンジー地区のメインバザール通りにあるMレストランで。この店はこのあたりでは一番立派なレストランで、お客は欧米人の旅行者がほとんどだ。数少ないお酒の飲める店の一つでもある。キングフィシャーというインドのビールを飲みながらチーズナン(チーズが練りこまれたインドのパン)とシシカバブ(スパイス入り羊肉のソーセージ)を食べる。本当にインドで食事をしているんだなあとしみじみその幸せを舌先で感じている。
(続きを御期待ください)
# by bonga-curry | 2006-01-24 22:50 | インド食い倒れ日記
インドの食い倒れ(4)
インドの食い倒れ(4)

 やっとインドでチャイが飲めたよ

 人が200人ほど収容できるデリー空港の有料待合室のベンチの上でインドの最初の夜は明けていった。まだ夜の帳は残っているものの、外では確かに朝の喧騒が始まっていた。そろそろニューデリー駅行きの始発バスが出る時間だ。その前にトイレを済まそうと待合室の奥にある公衆トイレに向かう。なんだこのアサガオ(男子のおしっこ用の便器のこと)の異様な高さは。僕は日本人としては身長は高いほうではないが、インド人だってこの便器で楽に用を済ませられるほど背の高い人や足の長い人ばかりじゃないはずだ。なにクソっと見栄を張りつま先だって不安定な状態で用を済ませた。僕より背の低いDさんは大便用のトイレで小用を済ませざるを得なかった。インド人って僕以上に見栄っ張りだね。
 まだ明け切らぬ町並みを年季の入った老人のようなバスは、車体をブルブル震わせながらぶっ飛ばして行く。幸いまだ朝早いのでシートに座ることができた。道路の両脇には裸電球を灯した屋台が並んでいる。何の店だろうと窓に額をくっつけて眺めていると、バスは突然悲鳴のような急ブレーキをかけて止まった。座席から振り落とされそうになるのをやっと堪えて、何事かと前を見ると象の巨体がバスの前をゆっくりと横切っているではないか。ああここはやっぱりインドなんだなって改めて納得している日本人約三名がいた。
 バスは夜の明けたニューデリーの駅に着いた。人口10億を抱えるインドの首都の駅ということでそれなりの建物を想像していたのだが、ここでもそんな日本人の常識はあっさり裏切られた。決してきれいではない、いや古くて汚い駅舎とその前の広場にはどこから集まってくるのか人、人、人・・・・・。彼らは日本の都会のラッシュ時のようにどんどん流れて行くのではなく、どんどん集まり駅やその周辺に淀んでしまうのである。
 とりあえず当初の目的であったインドでの朝のチャイを飲もうとあたりを探し回る。駅前の客の呼び込みをやってるあんちゃんの店はどうもふっかけられそうな気がするし、この屋台は不衛生そうだし、なんてうろうろしていたら、目の前に満面の笑みを湛えたチャイ屋のおっさんの大きな顔があった。ついに記念すべきチャイを飲むのだ。おっさんが手馴れた仕草で入れてくれた5ルピー(12円)のチャイは熱くて甘くて、いつの間にか異国の地で緊張していた僕の肩と心を解きほぐしてくれるようだ。
(いよいよインドでの食い物行脚が始まるのだ)
# by bonga-curry | 2006-01-19 23:24 | インド食い倒れ日記
インドの食い倒れ(3)
インドの食い倒れ(3)
インドの初夜その2
 「ヘイ!マ???シノハーラ」
 僕ら三人が待合室に上がる階段を登り始めた途端、あんまり目つきの良くないおっさんが声をかけてきた。もっともインド人の男性ってってみんなみんな目つきが悪いか、いやらしそうに見えるのは僕だけだろうか。インド人に知り合いはいないけれどもその目つきの悪いおっさんが口にしているのは名前のほうはともかく苗字はどうやら僕のものらしい。そうだと答えると二人のインド人は僕らのいくてを遮るように並んで立ちはだかった。それから背の低い年配のほうのおっさんが口ひげの下に奇妙な奇妙な愛想笑いを浮かべながら話しかけてくる。
 「われわれはDゲストハウスからシノハーラさんを迎えにやってきました。さあ一緒にタクシーに乗って行きましょう」
 「あなたはホテルの人か?」
 「そうです」
 おかしいよ。たった今ホテルのおやじはタクシー拾って勝手に来いって電話で言ったばかりなのに。それにしてもこのおっさんはどうして僕の名前を知っているのか。それよりもこの広い空港で東洋人の旅行者の中からよくも僕を探し当てたものだ。まるで僕の顔写真でも出回っているかのように。
 あやしい。このおっさんの表情があやしい。目があやしい。声だって十分あやしい。髭がひどくあやしい。自分が噂のデリー空港の詐欺師ですって顔してるよ。
 「僕は今晩友達と一緒に待合室に泊まることにしたよ。Dゲストハウスには明日の朝行くよ。ありがとう」そう言って彼らのディフェンスをすり抜け、有料待合室に飛び込んだ。
 これで安心。あいつら疑う余地もないぐらいそのままあやしかったよね。なんてDさんとYさんと話をしながらベンチで仮眠の用意していたら、ギョギョギョ!僕のベンチの前に先ほどのおっさんが立っているではないか。おっさんはまるで旧知のお友達のような笑顔を髭の下の分厚い唇に貼り付けて話しかけてきた。
 「やあシノハーラさん。インドは何回目だい」
 「明日は何時にDゲストハウスに向かうのかい」
 「僕がタクシーで送ってあげるから。お友達も一緒にOKだよ」
 「ノープロブレム。大丈夫、大丈夫。僕は朝までずっとここで待ってるからね」
 このおっさん、待合室の入室料20ルピーの大枚をはたいて勝負に出てきたな。ここは作戦変更だ。僕はDさんとYさんにそっと目配せした。
 「明日はこの二人と一緒にパキスタン行くことにたった今決めたよ。だからホテルはもういらない」おっさんはしばし考えた。それからメモ用紙とペンを貸してくれという。そのメモ帳にになにやら深刻な顔をして書き込みをしていた。そのメモ帳には計算式と数字が書かれていた。どうやらホテルの予約を取り消すのなら30%のキャンセル料を払えという訳だ。なるほど今度はその手できたか。日本ではありそうな話だがインドの中級ホテル以下ではそんなことはありえない。第一このおっさんがホテルの従業員かどうかも疑わしいわけだから。それなら最後の手段だ。この時から三人の日本人は全く英語がわからなくなったのだ。適当さには適当な嘘で対応するに限る。
 押し問答の末、このおっさんは突然全く英語が通じなくなった日本人の説得を諦めて。やっと開放してくれたのだ。その間なんと4時間半。膨大な時間を持つインド人ならでわだなと妙な感心をする。もうすぐ夜が明けます。ごくろうさまでした。
(まだまだつづく)
# by bonga-curry | 2006-01-12 23:01 | インド食い倒れ日記
インドの食い倒れ(2)
インドの食い倒れ(2)
第2章 インドの初夜は

 そんなこんなのドタバタの結果、1月のデリー空港に一人降り立ったおじさんの勇姿があった。現地時間で今午後11時。国際空港と呼ぶにはあまりにも殺風景な港内の出国ゲートに向かいながら、旅行代理店のOさんの話を思い出していた。
 「僕らが今一番降りるのがいやなエアーポートがデリー空港ですよ。特に夜に着いた時なんて最悪。タクシーなんかに乗ったらどこに連れて行かれるかわかったもんじゃない。空港指定のプリペイドタクシーだって危ないものですよ。とにかく朝まで空港から出ないか、ホテルに予約を入れて送迎の車を出してもらうかどちらかですよ」
 僕は迷うことなく後者を選んだ。せっかくのインドの最初の夜を空港のベンチなんて虚しすぎる。初日はすこしはりこんで中級以上のホテルを予約し、車で迎えにきてもらおう。ちなみにインドでは中級以下のほとんどのホテルが予約など面倒なことはやってはいないのだ。
 目が覚めたらホテルの近くの公園を散策しながら露店の食堂でチャイ(インド風ミルクティ)を啜り、サモサをほうばる。僕はその時鼻孔と舌先でインドを直接感じる。そんな朝の予定がすっかり出来上がっているのだ。
 出国手続きを済ませ、空港の出口ゲートに向かう。ゲートの左右の人だかりに圧倒される。なんだなんだこのインド人の数は。2百人はいるだろうか、それぞれが宿泊客の名前とホテル名を書いたカードを持って一斉にこちらを向いている。ムムム!なんだこの迫力は。僕は彼らの気迫に気押されされないようにゆっくりとカードをひとつづつ見て廻る。たしか昼間台北から電話予約したホテルはDゲストハウスだったよな。出迎えのインド人たちは白い歯を見せ、愛想笑いをしながら指でカードを指している。
 一度ぐるりと廻ったけれども見つからない。こんな数の中から自分の名前を探すのは大変だよ。おまけに手書きの下手なアルファベットで書いてあるし、と思いつつ二度目も見つからない。三度目はしっかり顔を近づけてカードを一つずつチェックするが、ない ない ない。
 まさかと思いつつ、予約したDゲストハウスへ電話をいれてみる。
 「あのう今日宿泊の予約を入れていた日本人のシノハーラだけど。今デリー空港に着いたのだけど、迎えがまだ着てないみたいだけど」遠慮しながら恐る恐るたずねてみる。
 「ああ迎えね。今夜はもう遅いからホテルまでタクシーでくればいいよ。問題ないね」
 な なんだ!こちらが英語で抗議の言葉を捜している間に、相手はこともなげに電話を切ってしまった。これが噂に聞いたインド式なのだ。なんという・・・怒りよりもあきれるよりもなんとなく納得させられてしまった。これから1ヶ月この調子に慣れなければやっていけないのだ。
 でもとりあえず今の現実をどうにかしなければと思案気に呆然と立ち尽くしている僕に東京から来たというDさんが声をかけてきた。Dさんは台北からの飛行機で隣の席にいた三十代の男性の旅行者だ。彼は空港内の待合室に泊まるとのことでつい先ほど別れたばかりだった。事情を話すと、それじゃあ御一緒にということで同伴者のYさんと三人で二階にある有料待合所に行くことになった。
 この時点で僕のインドでのホテルでの初夜とすがすがしい朝の公園の散歩、熱々のサモサを頬張りながら啜る甘いチャイの予定は見事にキャンセルになってしまった。ところがインドでの初夜はそんなものでは治まらないのか、平和と善意の中で50数年ぬくぬく育ったおじさんに追い討ちをかけるように、さらなる強力な揺さぶりをかけてくるのだ。
(次回を御期待ください)
# by bonga-curry | 2006-01-10 14:30 | インド食い倒れ日記
新年会
1月15日(日)午後7:00~
梵我にて
カレー鍋&はもしゃぶの予定
飲み放題男性3000円/女性2000円
お申し込み順15名様
# by bonga-curry | 2006-01-10 12:29 | お知らせ
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